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石橋忍月研究—評伝と考証— (いしばしにんげつけんきゅう ひょうでんとこうしょう)
本体13,500円+税
初版発行:2006年2月26日 A5判・上製・カバー装・674頁 ISBN 4-8406-9033-2 C3395
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近代文芸批評創始者の生涯!
日本近代文学の黎明期に独逸流の文学理論を駆使して近代文芸批評を確立した石橋忍月の初の研究書
【内容説明】○従来中央文壇での活躍時期以外は殆ど知られていなかった忍月の生活史と、作家・批評家活動・法学士としての活動を全生涯に亘って論述した石橋忍月に関する初の研究書。
○新資料の他、従来等閑視されていた著作を再検討した実証的な評伝。
○第一高等中学校・帝国大学法科大学進学の経緯に関しては、学制の改正にともなう混乱を整理し、同世代の尾崎紅葉・内田魯庵の評伝を是正すべき点を指摘。
○文芸批評家としての忍月の先駆性と限界を論理的に検証。
○逍遙・鴎外と異なる第三の理論として忍月理論を立証。
○明治期知識人の広範な活動を示す一典型として忍月像を構築。
石橋忍月 (慶応元年〈1867〉~大正15年〈1912〉) 福岡県出身。第一高等中学校在学中に、坪内逍遙「妹と脊鏡」に対して本格的な作品評を発表。帝国大学在学中に森外と「舞姫」論争を戦わせるなど近代文学史上にその名を残し一世を風靡した。内務省勤務の後「北国新聞」の主筆、春陽堂『新小説』の編集に携わる。壮年以降は文学を離れて長崎の県会議員・弁護士として生涯を終えた。明治文学史では、逍遙・外の論争者と位置づけられた文芸評論家。文芸評論家山本健吉は三男。
本書は、従来の石橋忍月に関する先行伝記研究を大幅に更新するとともに、その全文業を、忍月の生涯に亘って論述した。忍月が一石を投じた時代の文芸評は、主として作品の趣向(構想)を論じる風潮が主流であった。忍月は近代ドイツ啓蒙主義の視点から、その趣向をとらえつつも、やがて作家の想念そのものを課題として文学を論じる手法をもって活躍した。これにより忍月がはじめて近代文芸批評を確立したことを論証。文学史上著名な「舞姫」論争や日本韻文論争の考証に際しても、論拠の出典をさかのぼって追究し、論争自体の必然性・経緯を考証した。また、弁護士・県会議員として過ごした晩年の長崎時代の考証では、新資料の精査により護憲ナショナリズムを高唱し、市民大会を主導した「時文家」と位置づけている。
本書は、流行やベストセラーを中心とした近代文学史の研究に一石を投じる明治文学研究必携の書。
【目次】序
第一章 生い立ち(慶応元年~明治24年7月)
出生/家系/黒木小学校/黒木塾/独逸学校/東京大学予備門/第一高等中学校/帝国大学法科大学
第二章 投稿時代(明治20年1月~同21年12月)
初稿『妹と脊鏡』評と改稿『妹と脊鏡』評/『浮雲』第一篇評と『浮雲』第二篇評/初期 人情小説
第三章 民友社時代(明治22年1月~同23年2月)
入社経緯/「細君」評・「くされ玉子」評/訳詩論争と〈祖国の歌〉論争/「京人形」評・「色懺悔」評/〈文学と自然〉論争/「詩人と外来物」・「詩歌の精神及び余情」/「小説論略」論争と文園戯曲論議/「舞姫」評と「舞姫」論争
第四章 江湖新聞社時代(明治22年1月~同23年2月)
入社経緯/「相実論」/「罪過論」と「罪過」論争
第五章 国会新聞社時代(明治23年11月~同24年5月)
入社経緯/「詩美人に逢ふ」/日本韻文論争/「うたかたの記」評と「うたかたの記」論争/「文づかひ」評と「文づかひ」論争/演芸協会論争
第六章 内務省・思想社時代(明治24年8月~同16年10月)
仕官経緯と当代評/内務高等官/退官前後/「仏教文学論」と「親知らず子知らず」/「戯曲論」
第七章 金沢時代(明治26年11月~同30年9月)
北国新聞社への入社経緯/時事評論/後期 人情小説/歴史小説/退社と弁護士活動/初期 句作
第八章 再上京時代(明治30年10月~同32年6月)
再上京の経緯/『新小説』編集/絵画評と裸体画事件弁護/再離京の前後
第九章 長崎時代(明治32年6月~大正15年2月)
長崎着任の経緯/議員活動/時事活動/随筆と家庭/史伝・風俗誌/後期 句作
附 篇
石橋家・中島家 略系図
著作・関連 略年譜
参考文献 要覧
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